2007年4月12日(木)「しんぶん赤旗」

諫早湾閉め切り10年 第1部

沿岸漁民の叫び(7)

わくようにいたのに


地図

 JR諫早駅で島原鉄道に乗り換え島原市へ。二両連結のディーゼルカーが諫早湾南岸を走ります。

 諫早駅からしばらく走ると進行方向左の車窓に潮受け堤防と南部排水門が見えてきます。それが過ぎると、旧瑞穂町(現雲仙市)の海岸が続き、やがて諫早湾から有明海へ抜けます。その境目が旧国見町(同)、そして有明海沿岸を南下し、旧有明町(現島原市)を過ぎると島原市中心部です。

 この地理的関係が漁業の衰退とかかわりがあるのです。

とれない

写真

(写真)「潮受け堤防に近いところから魚がとれなくなった」

 農水省は諫早湾内については、干拓事業の影響を認めています。しかし、有明海全体については「魚類の減少は干拓事業前から始まっている」などといって認めようとしないのが現状です。

 島原市在住の漁船漁業者で二十五年間漁業に従事してきた吉田訓啓(とくひろ)さん(43)は、干拓事業以前の大型事業である筑後大堰(ぜき)や熊本新港ができても「有明海中央部の私たちの漁場では魚の減少や潮流の変化もなかった」といいます。「しかし、干拓事業では魚やクルマエビが極端に減少し、シタビラメやヒラメも激減している。だから最大の影響は諫早湾干拓事業だと思う」と強調しています。

 とくにクルマエビは「諫早湾が閉め切られた年には湾口からいなくなり、翌年から旧有明町地先でもほとんどいなくなった。干拓工事が始まる前には有明海全域でクルマエビがわくようにいたのに今は島原沖の漁場でとれるだけ。それも閉め切り前の十分の一しかとれない」と話します。

 島原沖で流し網の一種、源式網漁をしている本多藤夫さん(60)も「クルマエビは潮受け堤防に近いほど、とれないし、堤防に近いところからとれなくなった。だから干拓工事の影響だと考えるのは当たり前ではないか」といいます。

 そして「しかも最近はとれるところが島原沖の南の方に限られてきているものだから、そこへとれなくなった地域の漁船も集まってくる」と話します。

 過当競争が心配される事態です。

この春は

 「漁業不振は、ますます深刻になっている。旧有明町の漁民は、マダコやイイダコをとっているが、最近数年間で二分の一、四分の一と倍々で減少しているという」。旧有明町で漁民から聞き取り調査をした「よみがえれ!有明海訴訟」事務局員の岩井三樹さんの話です。

 岩井さんはいいます。 「漁船の油代も高くなり、赤字でも漁にしがみつかざるを得ない漁民や、保険類を全部解約して漁具を買うのに借金をした、『自分には何も残っていない、この春とれなかったらおしまいだ』という漁民もいる。おかに上がらざるを得なくなった漁民も増えている」
(←前回へ  次回へ)