「しんぶん赤旗」2023/2/8

2023焦点・論点 長崎被爆体験者への支援事業どう見る
広島大学名誉教授 田村和之さん

拡充しても救済にならぬ 被爆者援護法の適用こそ

 国の指定地域外で原爆被害に遭い、被爆者と認められない長崎の「被爆体験者」の救済に向け、県の専門家会議が「黒い雨」被害の報告を提出したのに対し、厚生労働省は、「降雨の客観的記録がないことは、過去の訴訟で確定している」などとして被爆者と認めない見解を示しました。この問題をどう見るのかを被爆者援護行政を研究している田村和之広島大学名誉教授に聞きました。(加來恵子)

 

―「被爆体験者」支援事業とはどういうものですか。

 2002年度から国が行っている事業で、被爆体験による精神的要因に基づいて健康に影響する精神疾患のある者に医療費を支給します。国から長崎県・市に委託して行われています。対象者は県内に居住する第2種健康診断受診者証の所持者で、県外居住者は対象外です。

 

 事業の適用を受けるには第2種健康診断受診者証と「被爆体験者精神医療受給者証」が必要です。この交付要件は被爆体験によりトラウマなどの精神疾患を発症し、治療を必要としていることです。

 被爆体験者精神医療受給者証の交付を受けた者を「被爆体験者」と言い、被爆者でないとして被爆者援護法による援護を受けることはできません。

―国の「被爆体験者」支援事業の狙いは何ですか。

 被爆当時の長崎市内であれば、爆心地から12キロメートルの地域まで「被爆区域」とされ、被爆者健康手帳が交付されます。ところが、市外の場合、爆心地から7・5キロメートル以遠は「被爆区域」外とされ、手帳は交付されません。

 これまで関係地方自治体や住民は、この根拠のない地域指定の是正と「被爆区域」の拡大を求めてきました。しかし、政府は、「被爆区域」は拡大しない、被爆者と認めない、被爆者援護法は適用しない、その代わりに法律によらない「被爆体験者」支援事業を行う、と対応してきました。

 「被爆体験者」支援事業の狙いは、爆心地から約7・5〜12キロメートルの地域にいた者を被爆者援護法上の被爆者と認めず、原爆放射能による健康被害はなく、ただ「被爆体験」による精神疾患を患っているにすぎないとして、被爆者援護法の適用を否定するところにあります。

 

 ―2021年の「黒い雨」訴訟の広島高裁判決を受け、長崎の被爆体験者は「自分たちも救済される」と期待しましたが、そうなりませんでした。

 広島高裁判決では、原告が被爆者援護法1条3号の「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情に置かれていたもの」に該当するか否かが問われました。判決は3号被爆者と認定。国はこの司法判断を受け入れ上告を断念しました。その後、首相談話で原告と「同じような事情にあった」者は「認定し救済できるよう検討する」と約束しました。
 

―しかし、またもや政府は交付を拒みました。 

 長崎には「黒い雨」が降った確たる証拠はないなどと言い張り、広島の「黒い雨」被爆者と長崎の被爆者を分断しました。 

 これに対し、長崎県・市をはじめ「被爆体験者」は強く抗議しました。県は独自の専門家会議を設置し、雨や灰なども含めて放射性物質が広範囲に降ったとする報告書を厚労省に提出し、「被爆体験者」を含む原爆被害者の救済を求めました。

 昨年8月9日、長崎を訪れた岸田首相は、被爆体験者のがんの一部について医療費を助成すると表明し、厚労省は、12月「被爆体験者精神影響等調査研究事業の拡充に関する検討会」で7種類のがんの医療費(自己負担分)を支給するとしました。今後は、長崎県外居住者も対象としています。

 これが実施されれば、「被爆体験者」のがんの約50%が医療費支援の対象になると報じられ、「被爆体験者」支援事業の拡充を被爆者援護へ向けた前進と、歓迎する向きもあります。

 しかし、「被爆体験者」支援事業は、被爆者援護法を適用しない事業です。これをどんなに「拡充」しても、被爆者を救済・援護するものにはなりません。被爆者として法律を適用すべき者を、違法に被爆者とせず、代替的に一部のがんの医療費支援を行う、その場しのぎのエセ被爆者援護なのです。 

 「被爆体験者」と言われる人は、まぎれもなく被爆者です。被爆者援護法1条3号の被爆者であり、同法が適用されなければなりません。

たむら・かずゆき 1942年生まれ。専門は行政法・社会保障法。80年代から被爆者援護行政を研究。広島「黒い雨」訴訟や在外被爆者裁判にかかわる。主な著書『在外被爆者裁判』『保育所の民営化』