「しんぶん赤旗」2020/8/29
戦争遺跡を訪ねて 長崎「無窮洞」
 長崎県佐世保市城間町にある「無窮洞(むきゅうどう)」は、第2次世界大戦末期(1943年)、旧宮村国民学校の裏手に、教師と子どもたちによって掘られた防空壕です。避難をしていても授業ができるようにと、幅5b、奥行き19b、面積200平方bで、600人が入れる広さです。

 中へ入るとすぐに、石の教壇を備えた教室があり、トイレ、炊事場、避難道、天皇の写真を飾る御真影部屋まで設けられ、電気も引かれていました。教室では、修身の勉強や幻燈を見たそうです。

 当時6年生だった「無窮洞顕彰保存会」の橋川達郎さん()によると、先生の指導で高等科(今の中学1・2年生)の児童がツルハシなどで掘削。5・6年生が岩の運びだしを、女子児童は、平鍬(くわ)と石ノミで仕上げを担当しました。天井や水飲み場などは美しいアーチ状に整形され、子どもたちの手によるとは思えない見事な造りです。

 校長の指示のもと終戦の日まで掘り続けました。見学者も多く、橋川さんは「子どもたちに平和のありがたさを感じてほしい」と話しました。