「しんぶん赤旗」2011/10/15
48カ月読者前進は通過点 
長崎・北部地区

 「やったぞーツ、48カ月連続前進!」。石川悟県北部地区委員長は、こぶしを突き上げ、前進で喜びを表現しました。
 山下満昭県委員長と議員団のクラッカーで、にぎやかに始まった同地区の「赤旗」読者の連続拡大を「祝う会」です。(秋山強志)



 同地区は、2007年10月から11年9月まで48カ月、毎月「赤旗」読者を前進させています。その間の純増は196部。3中総が提起した「党勢拡大大運動」で毎月、新入党員も迎えています。
 地区常任委員の山下千秋佐世保市議は「行動する支部、党員が広がりました。『今日はあの支部が行動した』『今度はあの人が』と毎日の地区ニュースを見るのが楽しみでした。この変化がなによりうれしい」とあいさつ。多くの参加者たちがうなずきました。
 「この祝賀会に向けて高校時代の同級生に日曜版を購読してもらった」「いつも子どもをかわいってくれるご近所の人に読者になってもらった」「月末に憂鬱(ゆううつ)な思いもしながらも『みんなが頑張りよっとなら、自分もちっとでも』と頑張ってきた」…参加者一人ひとりが苦労と喜びを発言しました。
 国政候補として支部と何度も行動した渕瀬栄子さんは、「いくつもの大きな選挙をたたかいながら減らさずにきたのはすごい」と敬意を表します。議席を減らした昨年の参院選のあとも、党員、読者に協力を率直に訴え、多数の減紙を乗り越えて、前進を勝ちとりました。

 専従・非常勤の役員が力合わせ

   同地区の活動地域は、佐世保、松浦、平戸など8市町。専従は石川委員長1人です。現役労働者や退職者ら4人の非常勤常任委員が、地区委員と力を合わせて26ある支部の会議や行動に参加。民間企業で働いている機関紙部長は、毎日の仕事が終わってから事務所にきて、支部への援助や実務をこなしています。

 わが地区に後退の言葉なし

地区事務所のある佐世保市は、強襲揚陸艦を配備する米軍佐世保墓地を抱え、玄海原発(佐賀県)の40`圏内に位置しています。国政選挙で10%の得票を目指し、市議会(定数36)で複数議席を獲得することが悲願です。「願望だけでは実現できない。党員、読者を増やして自力をつけなければ。だから48カ月連続前進は通過点だ」。地区
と支部、党員の共通の思いになっています。

小さな地区ほど可能性は大きい

 転機となったのは、「自力の不足」を党活動の「最大の弱点」と指摘し、「支部が主役」の党建設を呼びかけた07年9月の第24回大会5中総を受けた地区での議論です。
 「読者の拡大、党勢拡大は『一歩前進、二歩後退』ではダメ。小さな地区はど前進・発展の可能性は大きい。この課題に挑戦しよう」「支部・党員は覚の前進・発展を本当に願っている。その思いに応えよう」と決意を固めました。「支部が主役」で「政策と計画」中心の活動に切り替え、そのときどきの情勢とかみ合わせながら、日刊紙・日曜版の役割「値打ちを支部のものにする援助を心がけました。配達・集金体制も、「支部が主役」への切り替えを進めてきました。なによりも、目標を押し付けるのでなく、支部でよく話し合って決めてもらうようにしました。「読者が増えなくても、足を踏み出せなくても、『増やしたい』という支部・党員の思いを大切にしたい」(石川委員長)
 地区ニュース(08年から選挙の時期を中心にほぼ毎日発行。現在は隔日)も改善しました。常に支部と党員に寄り添い、一つひとつの支部、一人ひとりの党員の頑張りを紹介すると、毎回よく読まれ、「今度は私が」と、新しい行動の契機になり始めました。毎月3割から6割の支部が成果をあげ、2割の党員が読者拡大に踏み出すようになりました。「『増やさねばいかんね』と思う人が広がってきたのが強み」と石川委員長。地区からの声かけが、点検や指示にならないよう努めたといいます。
 「北部地区に後退という言葉はない。前進あるのみ」。このスローガンを掲げたのは、15カ月連続の読者前進を達成した09年1月のことです。「地区委員長の大風呂敷」「はったり″だ」などと最初は本気にしなかったベテラン党員が、率先して行動し、実現を目指しました。

 4年間で党員を倍加の目標掲げ

 丸4年にわたる読者純増は、政治的な力関係を変える力にもなっています。平戸市では、山崎かずひろ市議が25年ぶりに議席を獲得。松浦市でも、安江ゆう子市議が初当選し、覚の議席空白を克服しました。
 同時に「まだ飛躍はつくれていない。飛躍のためには、党員をもっと増やさなければ」の思いも強まり、4年で倍加の目標を掲げています。
 祝賀会では「党勢拡大大運動」への意欲も語られました。同地区は「大運動」で毎月、20代の青年を党に迎えています。党創立89周年記念講演ダイジェストDVDも視聴して「原発をなくしたい」と9月に入党した女性は、「事故が起こったら私は元気な赤ちゃんを
産めるのか。悩んでいたときぶれない共産党″に出合い、入党を決意しました一と発言。8月に入党し、宮城県に塩釜市で震災ボランティアを続けている25歳の男性が元気
に活動していることが紹介されると、みんなで、わがことのように喜びあいました。
 賃金・昇格差別とたたかってきた民間企業の労働者は、それらに背中を押されるように、「職場のなかで党員、読者を増やすのはとても厳しい。でも、退職までに後継ぎをつくる」。全員の前で大きな声で宣言しました。
 ダイジェストDVDを活用した「集い」も始まっています。「党勢拡大・大運動」の目標達成と、地区が掲げた読者の引き続く連続前進と党員の倍加」は大きな目標です。この目標に本気で挑戦しようと気持ちを一つに、笑顔で杯をくみ交わしました。