島原・天草・長島架橋についての長崎県からの考察
1999.7 長崎県委員会 山下満昭
雑誌「前衛」99年9月号掲載
◆はじめに

 離島の多い長崎県では橋をかける仕事は大きな意義があります。病気がひどくても治療できる病院や施設が島にない、通勤や通学に不便などなど…橋は生活上の切実な要求だからです。北松浦郡田平町と平戸島を結ぶ「平戸大橋」、平戸島と生月島を結ぶ「生月大橋」などがよく知られています。また、西彼杵郡西海町と大島町を結ぶ「大島大橋」もまもなく完成します。五島列島の島々をつなぐ橋も着々と整備され、今では上五島内の全ての町が道路でつながっています。
 しかし、いま長崎県が重点施策として力を入れている「島原・天草・長島架橋」は、まったく性質が違います。島原市民や近郊の町の住民のほとんどは「自分たちの切実なねがい」だとは思っていません。住民の生活に根ざした要求から出てきたものでなく、ゼネコンと政治によってつくり出されているのが「島原・天草・長島架橋構想」です。

◆構想の現段階と行政の姿勢

 島原・天草・長島架橋は1987年の九州沖縄知事サミットで構想の推進が確認され、その後長崎、熊本、鹿児島の三県とこの三県出身の国会議員などが中心になって運動しています。
 長崎県側から見ると、諫早市から島原市、さらに島原半島最南端の口之津町まで高規格道路(高速走行できる自動車専用道路)をつくり、これを口之津と熊本県・天草の鬼池まで(4.5キロ)の長大架橋で結び、さらに天草と長島までの橋で鹿児島県までつなげようという構想です。
 98年、自民党代議士から転じた金子原二郎知事は、「今後の島原半島及び天草地域全体の浮揚はもとより、九州の一体的な発展を図る上で必要不可欠なプロジェクト」(98年11月議会)と位置付け、「引きつづき、熊本・鹿児島両県と連携し、技術、経済調査などが着実に推進されるよう国に対して強く要請してまいりたいと存じます」(98年6月議会)と実現への強い期待を表明してます。
 また、「長崎県では島原半島の自治体や商工団体を中心に陳情活動をすすめてきた」(98/3/27朝日新聞)と指摘される島原市長は、わが党の上田泉市議の質問に対して、「全国的に大規模な公共事業が見直されている中ではありますが、この島原・天草・長島架橋構想の実現は、本市を初め島原半島地域の振興、活性化を図るための重点施策の一つであると認識しており、アクセス道路としての役割をもつ地域高規格道路と一体をなすものとしてすすめてきている」(99年3月議会)と答弁しています。

◆諌早湾干拓よりも莫大なむだ遣いに

 この巨大プロジェクトにどれだけの費用がかかるかは未だにまったく不明です。しかし、長崎新聞は「口之津ー鬼池間は4.5キロ。世界最長の吊り橋明石大橋より長くなる」「長崎新幹線程度の事業費は予想しておくべきだ」(98/4/19)と指摘しています。佐賀県の武雄市から長崎市までの長崎新幹線の事業費は4100億円(うち県負担560億円)と予想さていますから、長大橋だけで、「むだ遣いの典型」と指摘されている諌早湾干拓事業費の2370億円を大幅に上まわるものになります。
 さらに、すでに完成している島原市と隣の深江町を結ぶ4.6キロの高規格道路が250億円もかかっています。これを50キロも離れている諌早市までつなぎ、口之津町の橋の入り口までのばすとなると、高規格道路も数千億円かかることは確実です。
 また、長崎県は熊本、鹿児島両県と共に調査費として95年から98年間までに7100万円をつぎ込んでいます。99年も2100万円予算化しており、着工するまでつぎこまれるであろう「調査費」も莫大なものになります。

◆許されない旧来型の大型開発

 今年四月の長崎県議選挙で日本共産党は飛躍的に得票を伸ばし、念願の県議二名を実現しました。「ムダな大型事業より、福祉・教育を重視する県政へ」という日本共産党の主張が多くの有権者の共感を呼んだからです。
 長崎県は市町村国保に補助金を出していない13県の一つであり、県立高校の授業料も20数年、毎年引き上げています。今年の六月議会で金子知事は財政難を理由に、「乳幼児の医療費費無料化拡大」要求への即答を避け、市町村国保への援助は拒否しました。
 一方で、貴重な自然を破壊し、営農の見通しが全くないまま諌早湾干拓に莫大な国費と県費をつぎ込んでいます。450億円もかかる長崎港の開発をすすめており、そこに大型店を引き入れるために23億円の無利子貸付まで行ってます。
 大型開発中心で県の借金はついに当初予算を上まわり9852億円に膨れあがっています。自主財源比率は全国42位なのに、県民一人あたりの県債残高は全国20位となってています。まさに財政破綻寸前です。
 こういうときに、数千億円もかかる島原・天草・長島架橋を推進するとは、正気の沙汰とは思えません。「何よりも問題なのは、(島原・天草・長島架橋を含む)今度の全総がそのまま実施されれば、国と地方の赤字をさらに膨らませることだ」「もうこの種の全総はいらない」という朝日新聞(98/3/27)の指摘こそ正論でしょう。

◆構想の効果は実現できない

 この構想が実現すると、長崎県諫早市から鹿児島県阿久根市まで1時間55分で行けるそうです。しかし、長崎県民や島原半島に住む人々のうち、その必要性を感じている人がどのくらいいるでしょうか。
 鳴り物入りで91年に運行を開始した、長崎港と鹿児島・串木野港を結ぶ高速旅客船は95年9月に運行停止になりました。同航路は97年「高速フェリー」として復活しましたが、年間の利用客が4万5千人程度にとどまり、これまた98年11月から休止を余儀なくされています。長崎と鹿児島を結ぶ航空路線の利用者も減少しており、98年は前年の4万7百人から2万9千人へと30%も激減です。
 さらに、地銀の親和銀行は、福岡市の都市開発が進み、特急電車の高速化や高速道路で長崎県から福岡市への交通アクセスが便利になったことで、長崎市で59億円以上、佐世保市で36億円の以上の購買力の流出が見られるという、興味深い調査結果を発表しました(98年11月)。交通が便利になったことで、逆に消費の県外流失がすすんでいるのです。長崎市の商店街では、「福岡に消費者を取られるだけ」と長崎新幹線を歓迎しない声が広がつていると聞きます。
また、諌早湾干拓にしても、1兆円プロジェクトといわれた松浦市の火力発電所建設も、仕事はほとんどゼネコンが受注し、大型事業で地元の業者が潤わないことも県民は経験済みです。
 人口が増え、産業が右肩上がりに成長する時代は終わりました。島原半島をめぐる高規格道路とそれにつながる島原・天草・長島架橋は、観光客の回復、第一次産業などの振興、新産業の創出など、青写真通りの「夢」を実現することは極めて困難でしょう。

◆許されない環境破壊

 諌早湾干拓で、長崎県はまともな環境アセスメントを行ないませんでした。諌早湾干潟や有明海の生態系調査をまったくすることなく「本事業が諌早湾及びその周辺海域に及ぼす影響は許容しうるものである」と結論づけています。このような長崎県が、島原・天草・長島架橋建設できちんとした環境調査を行うのか、はなはだ疑問です。
 島原半島と天草の間の海は、潮位の差が日本有数です。潮の流れが速いのです。長大橋の建設で、風の変化も含めて海の環境がどう変わるのかは水産県長崎にとって大問題です。取り付け道路の建設で、周辺の自然が破壊されないかなど、事前に解明されなければならない問題は少なくありません。「先に開発ありき」の姿勢で、漁場や環境を破壊することを県民は許さないでしょう。