「しんぶん赤旗」2019/7/28
長崎市内の中学校区網の目平和行進 200人が行進
 長崎市内で今年34回目となる中学校区ごとの原水爆禁止網の目平和行進が取り組まれ、26日は江平・山里校区を歩きました。

 地域の学童保育の子どもたちと被爆者や実行委員のメンバーら約200人が、照りつける太陽の下、爆心地公園をめざして平和公園を出発。到着後、全員で黙とうし、被爆者の溝浦勝さん(78)がどうしてこの位置が原爆落下中心地だとわかったのか詳しく解説しました。

 平和行進に先立ち、長崎被災協講堂で集会を行い、三つの学童保育から小学生約160人が集まりました。長崎うたごえ協議会メンバーのリードで「ぞう列車がやってきた」「青い空は」「あの子」などを合唱しました。被爆者の長野靖男さん(76)が被爆体験を話しました。爆心地から5`の福田村の本村郷(当時)で被爆した長野さんは、家族を全員ガンで亡くし、自身もガンで闘病中です。

 原爆投下の瞬間、足が不自由だった母親が、2歳の長野さんを抱いたまま道路にひれ伏したと話しました。戦後父親が失業。「貧しい暮らしは骨身に染みて覚えている。戦争は本当に子どもたちに辛い思いをさせる」と長野さんは述べ、「みなさんが平和の担い手になることを願っています」と語りかけました。

 山里小学校の6年の相川結衣さんは「原爆が落ちた時の話は聞いたことがあったけれど、その後の話を知れて良かった。原爆はなくなってほしい」と話しました。