「しんぶん赤旗」2016/02/07
広げよう2000万署名
「戦争だけはいかん」願い集め
町人口の1割超す
長崎・川棚町 久保田町議

 長崎県中央部、大村湾に面する川棚町の日本共産党の久保田和恵町議(70)は、“どの子も戦争に巻き込まれないため、戦争法を廃止させたい”と毎日5時間、町内を駆け回って、「2000万署名」をよびかけています。5日現在、町人口(約1万4000人)の1割強、1700を超える人が署名しました。

 「はじめは、昨年の町議選で私に投票してくれた609を超えたらと思っていました。ところが、初めて話す人とも対話になり、私の方が励まされています」と久保田さん。

 ある家を訪ねた時のこと。「ばあちゃん、無理するな」という家人に、95歳の女性がはうように玄関に出てきて、「戦争だけはいかん」とふるえる手で書きました。高齢者との対話で、この“戦争だけは…”の言葉にたびたび出合いました。

 同町は、戦前から旧日本海軍の軍事要塞でした。1918年、片島に魚雷発射試験場、43年には川棚海軍工廠が建設され、いまも戦時遺跡が町内のあちこちに残っています。

 太平洋戦争末期には「震洋」や「伏竜」などの特攻兵器で自らの命を犠牲にする訓練をさせられた志願兵をはじめ、最高で5万人が住んでいました。

 「特攻隊員として多くの若者が出陣し、3511人が亡くなりました」。町の戦時遺跡保存の活動をする川棚町史談会(松崎賢治会長)の会員、堀江恒之さん(83)はこう告発します。旧国鉄(現JR)の駅長でした。

 「私らの先輩は、あの8月9日、長崎の爆心地に向けて“命を救え”と列車を走らせて救援に奔走しました。戦後、憲法9条ができ、“戦争せんでもよかよ”となったのに、安倍さんは再び戦争に向かうようにしよる」

 「先輩の看護婦たちもそうでした」とうなずく久保田さん。国立病院に働く職員などでつくる全医労(全日本国立医療労働組合)の書記として25年働いてきました。「医療・社会保障制度改悪反対の署名を訴え、離島にも出かけました。対話は苦でありません」

 2000万署名の行動で、久保田さんは、戦争法強行後の国会包囲に参加し、「しんぶん赤旗」報道も見せ、「子どもがいるママや大学生、大学教授も、戦争法なくそうと運動を続けているんですよ」と話しています。

 ある主婦(40)は目を輝かせて、「すごいですね」とペンを走らせました。「私の息子たちは絶対戦争に行かせたくない。私も力になれるかしら」

 久保田さんは、2000人目標を引き上げ、署名を広げています。