2003年9月15日(月)「しんぶん赤旗」

諫早湾干拓で失われた浄化力

1千億円規模の下水処理場に匹敵


 諫早湾干拓事業で諫早湾を閉め切ったために失った水質浄化力は、約一千億円の下水処理施設に匹敵することが研究グループの算定で判明しました。諫早湾のデータをもとに水質浄化力が算定されたのは初めて。研究成果は学会誌『海の研究』(十一月発行)に発表されます。

 研究グループは佐々木克之・元中央水産研究所室長、程木義邦・北大大学院地球環境研究科研究員、村上哲生・名古屋女子大教授の三氏。農水省の公表データに独自調査を加え、閉め切り前と後の浄化量を見積もり、失われた浄化力を算定しました。

 算定によると、閉め切り前の諫早湾の干潟では年間に、水中の有機物量(COD)千二百七十七トンを浄化し、チッソやリンについてもそれぞれ五百七十八トン、三十八トンを浄化。水質汚濁の原因物質のすべてが浄化されていたことが判明しました。

 閉め切り後は、干潟を干陸化するとともに、淡水の調整池が造られました。調整池では、有機物量が逆に増加し、調整池が有機物汚濁の新たな発生源になっていることが解明されました。

 調整池ができる前の諫早湾・有明海への有機物負荷量は、有明海全体の2%だったのが、調整池設置後は、排水に伴う底泥(浮泥)の巻き上げを加味すると12・2%と六倍に増加します。

 諫早湾の閉め切りで失われた有機物の浄化力を回復させるために下水処理場を建設したとすれば、およそ一千億円の経費が必要と算定しました。

 下水処理場の算出方法 算出方法は、三河湾一色干潟で計算された方法で有機物汚濁(COD)の除去に必要な処理場の規模を算定しています。下水処理場と関連施設の建設費や維持管理費は下水道協会の指針などで算出できます。今回の算出では、底泥の巻き上げを加味すると建設費に千四百十四億円、維持管理に九億円かかる勘定です。用地取得費(八十九ヘクタール)は含まれていません。

 佐々木氏は「これらの値は、技術革新や地域の状況などで異なるので、オーダー的に見るなら、およそ一千億円の経費が必要なことは間違いない。リンやチッソの高度処理も考慮すると、諫早湾の閉め切り前の環境を回復するには、ばく大な費用が必要になる」と説明しています。


諫早湾の公表データを駆使   損失の解明は画期的

解説

 農水省は干拓事業で諫早湾の三分の一を閉め切り、広大な干潟・浅海域を一挙に消失させて、干拓地と調整池を造ってきました。その悪影響がどのくらいのものになるのかを解明することが課題になっていました。佐々木克之氏らの研究はその課題を科学的に解明し、経済的損失もいかに大きいかを明確にした点が注目されます。

 一九九七年四月に諫早湾を閉め切って以降、本明川などの河川水は調整池に一時滞留したあと諫早湾ヘ排水されるようになりました。漁民は調整池から排出される汚濁水が赤潮やそれに伴うノリ不作、タイラギ不漁などの原因だと早くから訴えってきました。しかし農水省は、干潟消失の影響は小さいとし、排水による悪影響もいっさい認めずにきました。

 ノリ不作などの原因究明で農水省が設置した第三者委員会は干拓事業による有明海の環境変化の一つとして、水質浄化機能の喪失と負荷の増大を想定。その検証のために調整池に海水を入れる短期と中長期の開門調査の必要を指摘しました。

 ところが農水省は短期開門調査を実施したものの中長期開門調査は実施しないできました。このため第三者委員会の指摘を検証する具体的な研究成果がないままです。それだけに今回の研究成果は画期的な意味をもっています。

 三河湾(愛知県)の一色干潟ついては、干潟の浄化力がどれくらいの下水処理施設に匹敵するかが算定されています。その手法に基づき宮入興一・愛知大学教授が諫早干潟の浄化力は人口三十万人分の下水処理施設に相当すると算定しました。 しかし一色干潟は砂質で、諫早干潟は泥質の違いがあり、干潟に生息する生物も違いがあります。農水省は、現地で進行している裁判でもその違いを強調し、論争点になっていました。

 今回の佐々木氏らの算定は、すべて諫早湾の調査データを使用したもので、裁判所の判断にも影響するとみられます。(松橋隆司記者)