長崎県の雲仙普賢岳噴火災害で四十三人が犠牲になった大火砕流から満十二年目となった三日、島原市の仁田団地にある「追悼ノ碑」の前で犠牲者の冥福を祈る集いがおこなわれました。
 同市の吉岡庭二郎市長をはじめ、遺族や市民ら約八十人が「追悼ノ碑」の前に参列し、大火砕流が発生した時刻の午後四時八分に合わせて黙とうを捧げました。
 折り鶴をもって参列した島原中央高校の女子生徒は当時三、四歳、「公民館で何日も泊まったことは憶えている」といいます。「学校も被害に遭いました。家を流された人や、お父さんが亡くなった友だちもいます。この日は特別な日です」といいながら手を合わせていました
 同市内ではこの時刻にサイレンが鳴り響き、あちこちで手を合わせる市民の姿が見られました。
長崎・普賢岳噴火災害から満十二年、島原市の慰霊碑前で遺族や市民らが黙とう
「しんぶん赤旗」6月4日