2002年6月2日(日)「しんぶん赤旗」

 農水省は干拓事業で諌早湾を閉め切った堤防内側の調整池に海水を入れる開門調査を実施しました。今回は短期調査で四月二十四日から開門し、五月二十日に終了しました。開門調査にそもそもどんなことが期待され、今回の調査では何がわかったのでしょうか。

調査が必要なわけ

諌早湾を閉め切ったために広大な干潟域が失われ、海洋環境の悪化が指摘されました。このため閉め切り前に近い条件で実際に海水を入れて調べる必要がでてきました。

 有明海では一昨年の十二月から昨年春先まで赤潮が大発生。ノリが大打撃を受けました。

 漁民は、「諌早湾を閉め切ったために潮流や潮位が変わった」「調整池から堤防の外に排出される汚濁水が赤潮の原因だ」と訴え、水門の常時開放を求めて立ちあがりました。

 干拓事業を進めてきた農水省は、ノリ不作などの原因を究明する対策検討委員会(第三者委員会)を設置。国や県、大学の研究機関で一斉に調査が始まりました。

 有明海の海洋環境を特徴付けているのは最大で六メートルを超す干満差(潮汐=ちょうせき)です。このように海を大きくかき混ぜ、酸素を供給する潮汐が「宝の海」の土台なのです。その潮汐や潮流が弱まっていることが突きとめられ、干拓工事の影響が大きいと指摘されました。

 閉め切りによって干潟の浄化機能が奪われ、河川水が浄化されないまま調整池にたまります。この汚濁水が引き潮時に排出され、有明海を汚染しています。

 第三者委員会は、干拓事業が「諌早湾のみならず有明海全体の環境に影響を与えていると想定され、開門調査はその影響の検証に役立つと考えられる」と明言。開門調査を二ヵ月程度の短期、六ヵ月から二、三年の中・長期調査を提言しました。今回はその短期調査が実施されたわけです。

短期調査の結果は

潮受け堤防内の調整池に初めて海水を入れたという意義はあります。しかしその意義も、中・長期の調査につなげてこそ実ることを浮き彫りにしました。
図

 短期調査で海水を入れる開門期間は二十七日間で五月二十日に終了しました。この間水門を常時開けたわけではありません。一日二回以上海水を導入したのは七日間だけ。ともかく海水を入れたのが十二日で、小潮や大雨で導入ゼロの日が八日もありました。

 海水の導入量は総計で七千万トン。調整池の貯水量(二千九百万トン)の二倍強の海水が入ったことになります。この結果、淡水だった調整池の塩分濃度があがり、河口付近にみられるような汽水状態になりました。

 しかし、これだけの海水導入量では陸側の西工区付近ではなめてみても塩気が少なく、コイやフナなど純粋な淡水魚がまだ元気に泳いでいるのが見られました。

 開門調査で求められたのは、大量の海水を入れ、干潟を再現して浄化機能を調べることと、潮汐・潮流の回復過程を調べることです。

 第三者委の東幹夫・長崎大教授は海水導入の前後と調査期間中に調整池の内外で調査しました。それによると海水導入を打ち切った二日後の調査では調整池内でエツやコノシロの汽水魚に混じってフナがとれました。八日後の調整池内の底生動物の調査では、海産の二枚貝やゴカイ類の生息を確認できませんでした。東教授は「いずれの結果も、あまりにも短い開門調査で海水が十分に入らなかったことを反映している。今回の調査を干潟再生の観点からみればほとんど意味がない」と指摘しています。

 現地の海を系統的に調査している日本自然保護協会保護研究部の程木義邦・研究員は「短期調査は、中・長期調査につなげてこそ意義がある。これで調査をやめるならなんの意義もないと思う」とのべています。いずれも研究者の共通した意見です。

調査への政府の態度

中・長期調査についてはやるともやらないともいわず、第三者委員会とは別の場を設けて結論を出すとのべています。やりたくないのが本音です。

 第三者委員会で一番問題になったのは、調整池の水位を標高マイナス一メートルから一・二メートルの範囲に保つという案に農水省が固執したためです。

 この二十センチの範囲で海水を変動させても、干潟を再生し、浄化機能を調べられるのは百ヘクタールにすぎないことが問題になりました。「これでは浄化機能を評価できない」との意見が大勢となり「開門はできるだけ長く大きいことが望ましい」との提言でまとまったのです。

 農水省がマイナス一メートルに固執するのは、陸側の造成中の干拓地(西工区)に海水を入れたくないためです。この干拓地はほとんど元の干潟だったところ。これをのぞいたら満足な干潟再生調査はできなくなります。

 農水省は年内にも、西工区へ海水を入れないようにする前面堤防工事を始める予定です。

漁民や市民団体は

干拓事業の中止や中・長期の開門調査を求めて活動を大きく広げようとしています。

 福岡県有明海漁連(二十六組合)は五月二十日の総会で干拓事業の工事継続に反対を決議し、中・長期の開門調査を求めていく方針です。

 自然保護協会の程木研究員らは、有明海漁民市民ネットワーク(羽生洋三事務局代表)の漁民や市民の協力を得て有明海全域の大規模な調査を計画。貧酸素水塊の時間的発達状況を調べ、中・長期調査の必要性を訴えていきます。諌早湾の干潟を守る長崎県共同センター(高村瑛代表)などが有明海に面する四県の漁民、市民団体、研究者などに呼びかけ環有明海住民運動連絡協議会を六月十五日に結成する運びです。大きく知恵と力を集めて干潟再生のため、干拓事業の中止や中・長期調査の実施、沿岸地域の新たな防災対策を求める要請書への署名活動をすすめる予定です。


有明海の現状

〈漁獲量の激減〉

図

 有明海の漁獲量は昨年初めて2万トンの大台を割り込み1万7500トンにまで落ち込みました。最盛期には13万トンを超える漁獲量がありました。

 潮受け堤防着工前の年間平均漁獲量は8万8000トン余。それが堤防閉め切り後の97年以降の平均漁獲量は2万5700トンと着工前の3割以下に落ちています。(グラフ参照)

〈二枚貝が育たない〉

 有明海のアサリの漁獲高は昨年2399トン。1983年の9万トン余をピークに減少を続け、95年に1万トンの大台を割って以来減少し、1000トン台を推移。稚貝が成長しないで問題になっています。

 タイラギの漁獲量は昨年長崎、佐賀、熊本の3県でゼロ、福岡県が31トン。1990年の7300トンを記録して以来、回復しないまま有明海から姿を消しそうな状況です。

〈潮汐・潮流の変動〉

 有明海の潮位差は1980年当時から6.3センチ(約4%)減少しています。宇野木早苗・元東海大教授は半日周期の干満差に注目し、湾内部の影響が65%、外部の影響が35%と発表。干拓事業の影響が大きいことを指摘しています。

 宇野木氏によると、干拓工事前と後では潮受け堤防付近の潮流が90%以上減少し、湾口部でも23%も減少しています。

〈赤潮の増大〉

 2000年の赤潮発生件数は35件、合計継続日数は640日で過去最高を記録。90年ころから発生しない月が少なくなり、現在は毎月有明海のどこかで赤潮が発生。魚介類に直接打撃になる有害赤潮が増大しています。

〈貧酸素水塊の拡大〉

 海水中の酸素濃度の低下で海底生物の生息が困難になる貧酸素水塊が有明海に広範囲に広がり、長期化していることが分かってきました。同時に海底が泥化、ヘドロ化してきていることが心配されています。

どうなってるの?――…
諫早湾の開門調査