2002年4月29日(月)「しんぶん赤旗」 
記者ノート

諫早湾の水門開放を取材して

“生活の不安も覚悟の上”漁民たちの決意に共感

西部総局 山本弘之記者


 この一年余の諌早湾干拓事業をめぐる取材を通じ、有明海再生のカギを握る「水門の常時開放」(海水導入)の重要性と、それにたいする政府・農水省の抵抗の大きさを実感してきました。

 谷津農水大臣(当時)が昨年二月、ノリ不作等調査検討委員会で「一人でも(水門を)開けるといえば、開ける」といったにもかかわらず、小泉首相の登場(昨年四月)で、「水門開放」を「聖域」にしてしまい、農水省が開門要求に背を向けたのが約一年前。

 農水省の言い分は、干拓地を農地として利用するには、農業用水を調整池でまかなう必要があり、調整池が海水や汽水では、農業用水にならないというものです。

 その後持ち出されてきた農水省の縮小見直し計画にしろ、期間を限った「開門調査」の方法にしろ、海水を入れて干潟を再生することを徹底的に拒み、有明海再生の視点を欠いています。

 「農地造成と環境(有明海再生)は両立しない。しかし、環境と防災は両立できる」。これは、愛知大学の宮入興一教授の名言です。

 水門を常時開放し、干拓事業をやめても、その代わりに、河川改修や排水路・ポンプ整備をすすめ、海岸堤防をきちんとつくればいいのです。

 諌早湾干拓の目的の破たんは明確になっていますが、小泉内閣は、あくまで湾干拓事業に固執しています。

 日本共産党の国会内での論戦、地元の共産党員・支部の活動は、小泉内閣を逃げ場のないところへ追い詰めてきたといっても、大げさではありません。

 ――諌早大水害のような洪水を防ぐとか、低平地の排水不良を解決するかのような「大宣伝」のデタラメぶりを一つひとつ政府に認めさせた小沢和秋衆院議員の論戦。

 ――自民党長崎県連が諌早湾干拓の受注企業から七億円の献金を受け取っていたことを明るみに出した調査活動。

 「郵便チェスのようだ」―小沢議員は、質問主意書という文書での論戦を、こういいます。

 指し手に時間がかかるが、理のない小泉内閣を一手一手、だんだん詰みに追い込んでいる、というのです。

 ことしの「干潟を守る日」の四月十四日、諌早市で開かれた集会は、諌早湾干拓事業と「有明海異変」という環境悪化のメカニズムを明らかにするとともに、「ムダで環境破壊」のこの事業が止まらない背景には政官財の癒着があることにも正面から切り込みました。

 漁民・市民・研究者の共同、運動が前進する一方で、農水省は、ことし七月にも、かつて干潟だった場所を堤防で囲い、陸地に固めてしまう工事にとりかかろうとしています。

 さまざまな意味で、時間との勝負になっています。

 昨年春、タイラギを潜水漁で取る漁民を取材したときのことを思い出します。部屋には、学校の制服が入った箱が置かれていました。

 中学入学を控える娘を家に残して、タイラギの取れる瀬戸内海へ両親そろって出稼ぎにいっているというのです。自宅に帰るのは、一カ月に一度、家族水入らずのその大切な時間を、取材のために提供していただいたのを知り恐縮しました。

 「有明海を再生させるには、なにより水門を開放すること。一年二年かかるでしょう。それまで生活が持ちこたえられるかどうか。しかし、海を元に戻さないかんけん。覚悟の上です」

 漁民の言葉に、熱いものがこみあげてきました。「宝の海」を取り戻す決意の奥深さを感じました。