海の生息環境が激変

1000ヘクタールの干潟喪失に相当

有明海の干満差減少

諫早干拓の進行と一致

漁獲量の激減とも符合


2001年5月13日(日)「しんぶん赤旗」

諌早湾の干拓工事の進行にともない有明海の潮汐(ちょうせき=満潮と干潮の差)が直線的に減少していることを海洋物理の専門家がつきとめました。潮汐の減少は、広大な干潟を失うとともに、海洋生物の生息環境を根底から脅かすものだけにこの新事実が注目されます。漁獲量の激減と潮汐の減少が時期的に一致しており、諌早湾を閉め切っても、周辺海域に影響を及ぼすことはないとして工事を進めてきた国と長崎県の責任があらためて問われそうです。

 有明海の潮汐減少の事実をつきとめたのは、元理化学研究所主任研究員の宇野木早苗さん。海洋学会の沿岸海洋研究部会長を務めた専門家です。宇野木さんは、月の引力に起因する「M2分潮」といわれる半日周期の潮汐に注目しました。一般に潮汐は、太陽より月のほうが影響が大きいからです。

 宇野木さんは、有明海奥部の気象庁大浦検潮所のM2分潮の振幅を一九六八年〜二〇〇〇年にわたって調べました。

 諌早湾の干拓事業は一九八六年着手、八九年潮受け堤防工事の起工、九〇年海砂の採取などの関連工事が始まり、九二年堤防・排水門の本格工事を開始します。この干拓事業の進行とともにM2分潮の振幅が減少していることがわかりました。(グラフ)

 宇野木さんは、「事業の進捗(しんちょく)と並行して減少していることから、この減少は諌早湾干拓事業によるものと判断できる」と指摘しています。

 M2分潮は、当初より六センチ、四%程度小さくなっています。この数字について宇野木さんは「有明海の干潟面積は、農水省の資料によると二百七十平方キロメートルです。単純に計算すれば、その四%にあたる千八十ヘクタールの膨大な干潟を失ったのと同じことになる」と説明しています。

 宇野木さんらの研究チームは、東京湾、伊勢湾、大阪湾を調べ、干潟の埋め立ての進行とともに潮汐が減少することをつきとめており、「有明海でも埋め立てとともに潮汐が減少していることは間違いない」と強調しています。

 諌早湾の干拓工事の影響で有明海の潮汐が減少している―。今回つきとめられた事実は大きな問題を投げかけています。潮汐の減少は広大な干潟を失うだけでなく、流速が衰え、海産生物の生息環境を根底から脅かす要因となるものです。実際、潮汐の減少と軌を一にして漁獲量が減少しています。有明海の再生を願うなら、干拓工事の中止、排水門開放などの対策を急ぐ必要があることを示しています。(松橋隆司記者)

 有明海のきわだった特徴は、全国の四〇%を占める広大な干潟と湾奥部で最大干満差六メートル以上という日本で他に例のない潮汐です。この二つの特徴が漁業生産の高い「宝の海」の根幹をかたちづくってきました。

 干潟は、有機物や窒素やリンなどの栄養塩類を吸収して、海水の富栄養化を抑える水質浄化の貴重な場になっています。

 愛知大学の宮入興一教授の計算によると、諌早湾の干潟は、三十万人分の浄化施設に匹敵するといいます。諌早湾の閉め切りは、その浄化能力を奪い、有明海奥部の富栄養化をすすめ、赤潮発生の条件を拡大しました。

 有明海では、大きな潮汐が、海水をかき混ぜて十分な酸素を供給し、海底の泥を巻き上げて浮泥をつくる特徴があります。栄養物質がこの浮泥に吸着、貯蔵され、生物の生産に役立っています。栄養過多でも酸素不足にならず、赤潮がほとんど発生しなかったのは、大きな潮汐によるものです。その潮汐が減少していることは、有明海の環境に根底から問題を投げかけています。

 佐賀県・大浦のM2分潮の減少幅は、六センチで、四%程度ですが、単純に計算すれば、千ヘクタールの干潟を失ったことになります。海洋物理学者の宇野木早苗さんによれば、大潮時の振幅は、八・六センチ、干満の差(大潮差)はその二倍の一七・二センチ程度の減少、有明海最奥部の住ノ江の干満差は二十センチ近くの低下になります。

 十センチの干満の差は、満潮のときに陸側で五センチ干上がり、干潮のときは五センチ海水をかぶったままになります。仮にこう配が五千メートルで一メートル下がる干潟の場合、十センチの干満差がなくなることは海岸線に沿って二百五十メートルの幅の分だけ干陸化し、広大な干潟が喪失する勘定です。

 諌早湾干拓事業の農水省の環境アセスメントは、潮汐について「閉切りによる影響はほとんどないものと考えられる」と評価しており、今回まったく逆の結果がでたことになります。

 宇野木さんは、「有明海の潮汐の減少は、有明海全体の潮流の減少と対応している」と説明しています。実際、農水省のモニタリング調査でも、有明海中央部で潮流が二三%、毎秒十数センチも減少しています。

 九州農政局と関係漁連の間で一九八七年に、干拓事業により「予測しえなかった新たな被害または支障が生じた場合には、誠意をもって協議し、解決するよう努める」との確認書がかわされています。この新事実はその実行の必要性を示しています。

 

 M2分潮
 海洋の潮汐=潮の満ち引きは、月や太陽の引力の影響を受けています。このため潮汐の周期現象は半日、一日、半月などさまざまな周期成分から成り立っています。これらの成分を分潮といいます。
 有明海でもっとも大きな分潮が月の引力による半日周期の成分で、これをM2分潮といいます。太陽に起因するのはS2分潮。M、Sは、月、太陽の英語の頭文字で、2は一日二回の周期を示しています。
 佐賀県大浦では、S2分潮の振幅は、M2分潮の四四%で、ほぼ半分程度。大潮時の潮位変化の平均の振幅は、両分潮の振幅を加えたもので表されます。大浦の大潮時の振幅は八・六センチの減少になります。

 

有明海蘇生に理論的な展望

 水域生態学の専門家・東幹夫さん(長崎大学教授)の話

 有明海では近年、魚介類の生産の激減や夏場の有害赤潮の発生による甚大な漁業被害、冬季には珪藻(けいそう)赤潮によるノリの未曽有(みぞう)の不作が大問題になりました。私たちが調べている底生動物の生息密度も年々激減の一途をたどっています。

 その原因の大もとに有明海の潮汐の弱まりが関係していることは、夏場の貧酸素水塊の恒常化、浮泥の沈泥化(ヘドロ化)による浄化機能の衰えや、漁業者の多くの証言からも推察されていました。今回の宇野木さんの研究で、それが諌早湾の潮受け堤防によることが実証されたことは、有明海の蘇生(そせい)のための方策と事業見直しに理論的な展望をあたえたものです。

可能な限り復元すべき

 干潟・浅海域生態系の専門家・松川康夫さん(中央水産研究所低次生産研究室長)の話

 有明海は一つの生態系をなしています。諌早湾のような干潟・浅瀬を埋め立てたり、閉め切ったリすることは、湾全体の流れを弱め、水質浄化力を低下させ、赤潮や貧酸素を起こりやすくし、魚介類の産卵・生育場を奪い、水産資源に打撃を与えています。

 このことは東京湾、伊勢三河湾、大阪湾、瀬戸内海などで実証済みです。開発のために干潟・浅瀬をつぶすべきでなく、むしろ可能な限り復元すべきです。防災や農業振興も干潟・浅海域生態系を犠牲にしない道を探るべきです。

一日も早く水門開放を

 小沢和秋さん(日本共産党衆院議員)の話

 私は今国会の予算委員会で、諌早湾干拓事業が漁獲量の激減をまねいていることをグラフで示しましたが、干拓と潮汐の関係を示す今回のグラフとのあまりの一致に驚きました。いよいよ干拓事業の推進が、有明海を「宝の海」から「死の海」にするものだということが、はっきりしてきました。

 こういう事実があるのに、農水省が一年にわたって調査をする必要があるといって、水門を開けようとしないのでは、だれも納得しません。一日も早く水門を開放し、干拓事業を中止すべきです。